さよなら、ちーちゃん
友人が亡くなりました。
享年42歳。
私の弟と同じ歳で、この世を去りました。
くも膜下出血で倒れ、激痛に耐え抜いた二週間あまり。
精一杯闘って、闘い抜いて、眠りについたそうです。
あまりにも、呆気なく、
あまりにも、衝撃的な、
終わり方だったように思います。
ひとは、こんなにも、あっさりと、消えてなくなるものなのか。
その、亡骸を目の当たりにしても、実感がわくことはありません。
今も、あの二週間は悪い夢だったかのように、思えます。
乾燥が続いたあと、突然雪が降った夜、彼女を偲ぶ会へ向かいました。
雪のせいで、タクシーを長々待ったあとに、ようやく着いた会場。
フルネームで書かれた彼女の名前を見つけて、心臓がギュッとつぶされそうな気持ちになる。
やっぱり、これは、冗談とかではなくて、本当なんだな、と。
「笑って、彼女の好きだったマイケルジャクソンで送ろう」という、共通の友人の言葉に支えられるような気持ちで会場に入る。
「Heal the World」のオルゴールメロディが流れる中、大勢の人がすすり泣いていて、もう、それだけで我慢ができなくなって大泣き。
こんなにも、私の中に水分があったと驚くほど、ボロボロと涙が止まらない。
ハンカチなんかじゃなくてバスタオルでも持参すれば良かったと思うくらいに。
ここ数年、電話やメール、年賀状とかでやりとりはあったけれど、他の友人同様、地元やダンスのつながりがないと、実際に会って話したりしたのは1年に一度程度になっていた。
疎遠というわけではないけれど、昔ほど頻繁に会うことはなかった。
元気だし、いつでも会えるし、電話やメールで連絡とってるし…と、ついつい「近々会おう」と言いつつ会わない時間が多くなっていた。
彼女とは、添乗員の頃に知り合った。
その出会いは鮮明に記憶に残っている。
イタリア行きの飛行機の中、「ちょっと、あんた、一緒に飲もう。」と初対面の私に声をかけてきたのが彼女だった。
或る意味、ナンパだったのかな(笑)
急速に私たちはそのツアーで仲良くなった。
当時、イタリアのツアーは、どこの会社もだいたい同じようなプランでまわるコースになっていて、行きの飛行機で一緒になって、同じ日程のツアーならば、ほぼ同じコースをたどるのでホテルは違っても同じ都市に滞在するため、仲良くなれば互いに仕事をフォローしあったり、オフの時には一緒に食事に行ったりなんてことが出来た。
私は当時、添乗員になって数年が経過し、ベテランが担当するイタリア周遊のツアーを担当しはじめた頃だった。
まだまだ知らないことが沢山ある私に、既に学生時代からツアコンとして活躍してきた大ベテランの彼女はいろんな裏技や情報を教えてくれた。
役立つこともあったし、単に面白いことも沢山あった。
アリタリア航空の機内で無料で出されるスプマンテ(発泡ワイン)を何本も貰っておいて、現地のホテルで飲むことや、ミラノのリナシェンテというデパートでのショッピングの仕方。
イタリアでの「エレガンテ(エレガント)」な服や靴の選び方。
イタリアのジュエリーの美しさや、イタリア人との人間関係。
ワインとスプマンテと素朴なイタリア料理の美味しさ。
激しい恋の仕方。
彼女に教わったことは、今の私の基礎の部分になっていることが沢山ある。
本当にいろんなことを年上の私に教えてくれた。
添乗員という、私の人生の中でも、ひとつの時代とも云える時期を一緒に過ごした、特別な友人だった。
いつも彼女は、私を叱咤激励してくれた。
時にはきついことも言われたし、背中を押されたり、お尻を叩かれたり、いつだって、まるで私の姉のようだった。
どこかで私は彼女に甘えきっていたのだと思う。
彼女は、それこそ、沢山の友人にいつだって囲まれた、賑やかで華やかで煌びやかな人だった。
ふたりで飲みに行く約束をしていても、平気で何人も他の友人を連れてきたり、久しぶりに会った時でも知り合いのお店に連れて行ってくれたり、いつだって賑やかだった。
連れて行って貰う、銀座や六本木のイタリア料理の店では、誰もが彼女の名前を呼び、挨拶をし、私は初対面の人と飲んだり食事をしなきゃならず、時として居心地の悪さを呪ったものだった。
しかし、大概は、私も初対面の彼女の友達と一緒に仲良くなっていたり、楽しく飲んでいたりしていた。
彼女を偲ぶ会には、それこそ、沢山の女性が集まり、彼女のあまりに突然な去り方に涙していた。
こんなにも沢山の友達に囲まれ、彼女との別れを惜しむ人が居るなんて、正直羨ましいとまで思える程だった。
お線香じゃなくて、シャネルのパフュームの香りが漂い、ろうそくではなくキャンドルを灯し、会が始まる。
思い出の写真がスライドで映写される。
子供の頃の、ちいちゃかった彼女。
最前列のお母さんが細くて小さい身体を絞るようにして、涙を堪えているのが見える。
学生の頃の彼女。
そして、社会人になり、添乗員姿の彼女。
ここからは、私の知っている彼女の写真が次々と映し出され、どれも懐かしくて、涙が止まらない。
友人の方々から、それぞれ言葉がおくられ、ひとりひとり、お花を供えてゆく。
棺におさまる、彼女の顔を見て、本当にもう生きていないのだと思ったら、喉の奥のほうから空気が漏れるような、自分でもびっくりするような声が出てしまって、親族への挨拶もままならず、係の人に促されるように別室へと移動した。
この数日、覚悟はしていたというのに、やっぱり、この場に及んでも、私は彼女がこの世から居なくなってしまったという事実に向き合うことが出来ていないのだ。
別室へ向かうと、懐かしい人たちに再会した。
彼女に紹介されて一緒に飲んだりした添乗員仲間や、彼女の学生時代の友達たち。
そして、顔も知らぬ人から「あなたがMonieちゃんね。」「Monieちゃんって、貴方だったの?」「ようやくMonieちゃんって人に会えた!」と言われ、面食らう。
彼女は、彼女の多くの友達に、生前、私の話をいろいろとしていたのだった。
それも、詳しく聞けば聞くほど、彼女は私のことを大切な友達としていろんな人に話していたらしい。
私が知っている彼女は、沢山の親しい友人たちにいつも囲まれていて、私は、その外側の存在なんだろう…、まあまあ仲の良い友達というステータスなのだろうと思っていたので、正直、びっくりするのと同時に、何とも言い難い気持ちになっていた。
なんで、どうして、生きている時に、ちゃんと、本人である私に、そう言ってくれなかったのよ!
私は、あなたの数多い友達の中で、それほど存在価値はないと思っていたのに。
更に、私がそれまで会ったことがなかったのに、彼女が私の話をしたことで、すっかり私のことが会う前からわかっていたかのような人に声をかけられ、つい、いろいろと話し込んでしまった。
まるで、それは、私が彼女に「こんなこともあったよね。あんなこともあったよね。」と思い出話をするかのような内容で、その友人という人は、その私の思い出話の所々で「あ、それ言ってた!」「うん!聞いたよ〜その話!」と答えてくれる。それは、それは、不思議な感覚だった。
初めて会う子なのに、まるで長年の共通の友達のような感覚。
そして、彼女とした二人だけのイタリア旅行の話にいたっては、「ちーちゃん(彼女)が、女友達と二人っきりで海外旅行したのってMonieさんだけだったのよ。」と言う。
そして、その旅行でのいろいろな思い出を話すと「そんな一面、ちーちゃんは絶対他の人に見せなかったと思う。というか、私はたぶん一番長い付き合いだけど、そんな部分、知らなかった。Monieさんだけには気を許して、甘えていたのかもね。」と。
ちーちゃん、そうだったの?
私、ちーちゃんのこと、全然わかってなかったね。
こうして、私は、彼女の死を前に、また、いろんなことを彼女から教わった。
今、どんなに健康で活気に溢れる人であっても、次の瞬間、もう二度と会えない存在になる可能性はあるということ。
だから、先送りにしたりせず、会いたいと思う人には、時間を作ってでも会いに行くこと。
いつか、私が居なくなった時、私の面影や幻を共有できる友人たちを出来る限り引き合わせておくこと。
実際に引き合わすことが出来なかったとしても、双方に、こんなに素敵な友人がいるんだという話をしておくこと。
そうしておけば、喪失感を互いに埋め合い、寂しさを軽減することができるから。
大切な人には、きちんと、自分の気持ちを伝えておくこと。
例え照れ臭くても、相手には伝えなければ伝わらないから。
お気に入りの、自慢の、そして永遠に憬れの女友達を失うことは、自分の一部分を失うものと同じような感覚であると気付いたこと。
大人になると、新たに友人を作ることが難しいからこそ、10年以上もの付き合いのある女友達の存在は、自分のアイデンティティのひとつである。
だからこそ、今まで以上にその存在を大切にしたいと思う。
もう、二度と会えないという事実も、存在そのものを消し去ってしまうものではなく、実存していた時よりも、増して、存在を大きくする人物も居るということ。
自分が大切に思う人であれば、実存しなくなった後こそ、もっともっとその存在が大切になってゆくということ。
このブログに書ききれない、たくさんのことに気付かせてくれた友人の死。
この辛く悲しい出来事に、心から感謝したいと思う。
さよなら、ちーちゃん。
貴女に出会えて良かった。
面倒見の良い貴女のことだから、そうして、先に旅立って、旅先で私の行くのを待っていてくれるんでしょうね。
イタリアのツアーの時のように、貴女が待つベネツィアにたどり着いた私を迎えてくれた時のように、そこで、再会を待っていてください。
一緒のテンションで、楽しく過ごせた、あの日々が二度と戻らないのだと思うと、凄くすごく寂しいけれど、私の中で貴女は鮮明に生き続けていて、その笑い声や仕草、何もかも、そう簡単に忘れることはできません。
私自身が死ぬまで、貴女のことは忘れない。
さよなら、ちーちゃん。
よく頑張ったね。
やっぱり、私は、貴女のこと憧れてたし、大好きだったよ。
本当に、さようなら。






















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